単細胞生活

カテゴリ:むかしばなし( 11 )

バブルな新人2

バブルの頃の自覚のカケラもない新入社員たちは夜な夜な街へ繰り出したのでした。

横浜の港に停泊してある氷川丸(だっけ?)でビアガーデンを楽しんだあと、
そのまま徒歩で関内の駅(だったっけなあ)まで向かいます。
誰かがMくんの首にカバンをひとつかけました。
すると別の人も自分のカバンをMくんの首にかけました。
そこにいた10数名、みな自分のカバンをMくんにかけました。
女の子もハンドバックをかけたし、手提げ型のも無理やりMくんにひっかけました。
財布も何もかもみんなバッグに入ったままです。

Mくんは「吉野家で牛丼食ってくるわ。このまんま。」
「いいけど、絶対笑顔を絶やさないでね。Mくんの笑顔はサイコーだから。」
「わかった。」
と、首に何人分ものカバンをぶら下げたまま、横浜の街の中の込んでる吉野屋に入ります。
しかも一人で入ります。みんなは遠くから様子を窺っています。
Mくんはニコニコ笑ったまま「並ひとつ」と注文し、そのままニコニコずっと微笑んでいました。
食事を終えたMくんは一苦労して自分のカバンを探し、ニコニコしながらお金を払いました。

店内の客は黙ってMくんを見ていました。
店を出る頃、店員が奥でMくんを見送りながら、どこかに電話するのが目に入りました。
「通報されたかも。」とまだニコニコ顔のMくん。
みんな自分のカバンをひったくると、てんでバラバラに走って逃げました。
誰かが転んでケガしようと、みんなほったらかしで逃げました。
誰も捕まらずに済みました。

研修が終わると、首都圏組に涙の別れを告げ、北海道組は北海道へ帰りました。
研修が終わっても、なんだか社会人モードになれません。
それはとってものどかだったから。
会社のすぐ隣には原生林がありました。会社の庭に列になってる石は隣の市との境界線でした。
午前中何時に来てもいい会社。いやもう仕事は大変でした。徹夜も当たり前だし。
研修なんて意味のないほど難しいことをやらされます。
誰も教えてくれないので、ぶ厚いマニュアルを片手にずっとウンウン唸ってます。
なのにいつまでたっても社会人の自覚が出てきません。
夜中の12時になってから飲みに行ったし、土日になるとあっちこっちに遊びに行きます。

研修からずっと仲良しだったカヨちゃんはとにかくスゴイ人でした。
仕事はものすごくできますし、愛想がよく面白く、みんなにとっても愛される人でした。
しかし強いはずの酒が限界以上になると、とっても暴れる人でした。

みんなで温泉に行きました。男性5名、女性5名。
部屋二つ。混浴はないはずのお風呂です。でもすいてました、確かに。
真夜中に外の露天風呂にみんなで混浴しました。もちろん女の子はしっかりタオルは巻いてます。(ホントはダメなのに)
一升瓶を持って風呂に入ったカヨちゃん。ガンガン飲んで、そのうちタオルも何もふっとばしてフロの中で踊ります。
みんなただただ笑ってました。

露天は岩風呂で気づいたら、私の足から大量に出血していました。
風呂場でケガすると大変です。女の子2人に付き添われ、私のケガのために先にあがりました。
フロントへ行って足の手当てをし、部屋に戻りました。
ところが正体不明になってた男の子が私たちの布団で寝ています。
かといってもう一部屋には既に違う野郎が寝ています。
仕方ないので、空いてる布団に自由に寝ました。
雑魚寝、ってやつ?なんかそんなことどうでもよかったし。

その日はもともとマジメでみんなが暴走するたびに止めに入るユキさんも一緒でした。
「あの人楽しいのかな?」って思うくらい、ずっとしらけているユキさん。
飲んでふざけているときは彼女の言葉も耳に入りませんが、しらふだとグサッときたりします。
「バカじゃない?そんなことして楽しい?」
すいません。なのにこの、おふざけ仲間の集まりには必ずきます。
(Mくんのときはたまたまいなかった)

そのユキさんが夜中にふと小声で言いました。
「カヨちゃんはいる?」
寝ぼけてる私は言いました。「隣の部屋にいるんじゃないの?」
「私見てくる。」部屋から出るユキさん。そしてあっという間に戻ってくるユキさん。
「いないよ!カヨちゃん、あっちの部屋にも!ホラみんな起きなさい!探すのよ!」

どうせ眠れなくてどこかでタバコ吸ってるとか、まだ飲んでるとかそんなんでしょ?
なんて全員で文句を言いながら、ホテルの中を探します。
いない!全然いない!
「最後に見たのだれ?」
「お前がフロから上がったあと、みんないたたまれなくなってすぐ上がったんだけど、
カヨのヤツだけ『もう少しいるから~』って言うんで置いてきた。」
「どうしておいてくるのよ!」と怒鳴りつけるユキさん。あの、相手は先輩(♂)ですから・・・。
みんなで慌ててフロに向かいます。

広い露天に、見渡しても誰の姿もありません。
一人の目のいい男の子が「あ、あそこ!」と叫びました。
フロの真ん中で、カヨちゃんは顔だけ出して寝ていました。
正確に言うと鼻だけ。
「あれ?寝てたわ私。みんなどうしたの?慌てて~。」
イヤきっと、あと少しで死んでたから、君。
ユキさんのおかげで人一人死なさずに済みました。
こういう日のためにいたのね、ユキさん。

「あんたたちだけだとホントに心もとないのよね。社会人として信用できないってことよ。」
はい。そう言われても全く反論できません。
そのうち本格的に仕事が忙しくなってきたみんな。
徐々にそういう集まりは減りました。
数年後、私もカヨちゃんも結婚し、私は体を壊し、カヨちゃんは妊娠しました。
(ちなみにユキさんに「あんたみたいに家事が何にもできないのに、結婚しようと思う気がしれない。」と言われました。^^;)
何故かカヨちゃんと同じ日に退職することになり、そのあとまた10名で海の家に行きました。
いつものように飲んで(カヨちゃんはサスガに飲みません)はしゃいで、美味しいものを食べて、
いつものようにユキさんに文句を言われました。

それを最後に、もうお泊りででかけることはなくなったそう。
飲み会も極端に減ったそう。ふざけることもなく、ユキさんも文句を言う相手もいなくなったそう。

会社で働くみんなもいつのまにか普通の社会人になり、
会社を辞めた私たちも子どもを生んでやっと社会人になりました。
仕事も大変だったけど、とにかく遊んだ20代半ばの私たち。
杉村太蔵くんのことは全くいえません。
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by dayu2004 | 2005-10-21 16:59 | むかしばなし

バブルな新人

今から10ウン年前。
大学を卒業し入社した会社は某企業から分社して出来たシステムを作る技術系の小会社。
そこに技術者として入社した私ですが、同時に入社した新人はなんと100名近く。
全社員1000人くらいだったので、後にも先にもない大量採用だったよう。
バブルなときだったからなんです。

で、100名の新人は本社に集められ、数ヶ月の研修を受けました。
それもやっぱりバブルだったから。
今なら即戦力しか採用されそうもない。

大部屋に集められ、10のグループに分けられた100名の男女は、
もちろん全く学生気分が抜けません。
研修課の先輩社員を【先生】と呼び、仕事してる気分は0。
寮と言う名のアパートに入れられ、気の合う友達ととにかく遊び放題の数ヶ月。

もちろん100名いれば、気の合う人も気の合わない人もいます。
数ヶ月の間に20人くらいの遊び仲間ができました。
(ねるとん状態でカップルもたくさんできていましたが^^;)
毎週飲みに行きます。土日になるとあちこちに遊びに行きます。
遊びを企画するリーダーは首都圏採用の男の子で走り屋さん。その友達も紹介されました。
あとはとにかく面白がり屋だけ。
スカしてるイケメン連中とは最初は一緒に行動してましたが、だんだん距離を置くように。
ちょっと怖そうなハデ系の女の子たちとは、結局別れを惜しんで泣くほどの仲良しに。
向こうからも最初は北海道からきたハデな人たちだと思われていたみたい。

一人ひとりは普通の人なんだけど、結束力が強くて仲が良すぎ。
で社会人としての自覚はゼロだったので、全員先輩社員からものすごく嫌われていたようです。
社員食堂でキャーキャー騒ぎ、5時になると廊下でどこへ遊びに行くか固まって相談。
前の日に飲みすぎて研修中に居眠りしたり、一人一台のパソコンでずっとチャットしてたり。
完全に給料泥棒ですひどいもんです。

「イマドキの若いやつはなっとらん。」とか言いますが、当時新人だった私たちは何にもいえません。

で、私はと言うと、何故かみんなのイジラレ役に。
イロモノ扱いで、前に出て発表すると、大したことを言ってなくても大爆笑を買ったり、
同じ班じゃないのに飲み会に誘われたり、仇名をつけられてよく知らない人からも呼び止められたり。
(誰かに似てる・・・あ、ピヨ子だ!)
とにかく遊んでばっかりいる(そんなことはなかったんだけど)面白いハデ好きのおねえちゃんだと思われていたみたいです。

っていうかコンピュータに触るのが初めてだったし、最初は完全にチンプンカンプンで、
知ってる人にはかなり爆笑モノの質問ばかりしていたそう。
「ロムって焼いて大丈夫なんですか?」とか「ケーブル踏んづけてて送信できなかったみたいです。」とか。
なので最後の課題で、一人ずつアセンブラ(プログラミングの言語でものすごく原始的なヤツ)でプログラミングしなくちゃならないってヤツがあり、並み居る競合(コンピュータヲタクがいっぱいだった)を抑えて私が堂々1位を取ったときは、大部屋内の全員の口が開いていました。

この話、まだまだ続きます。(まだ事件が起こってないし)
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by dayu2004 | 2005-10-21 12:31 | むかしばなし

おさななじみ

「おさななじみ」ってどこくらいまで言うのかな?
幼児のときの友達でしょうか?小学校くらいの友達まででしょうか?

高校のとき、転校する前の小学校のときの同級生の男の子とたまたま一緒のクラスになって、
「おまえとオレはおさななじみだからよ~。」って初対面から親友ヅラされました。
(別にかまいませんが^^;)

私の中の「おさななじみ」は5歳まで暮らしていた札幌の隣町の新興住宅街の友達。
同じ年の女の子が3人、妹と同じ年の男の子が2人、それにお隣の1歳上のてーちゃんと、
1歳下ののっちゃんの兄弟。

新興住宅街だったので、若い夫婦があちこちから来て同じ時期に家を建てていったみたい。
なので母は近所の中に同じくらいの子どものいる友達を数人見つけて、今でも仲良くしています。

同じ年の女の子、あきちゃんはH大学まで行った才女で、大人っぽく落ち着いた人に成長しました。
でも当時は感情が激しくて、泣いたり怒ったり笑ったりと、ついていくのに精一杯でした。
もう一人の友達あっちゃんは、F女子大学まで行ったこれまた才女で、
綺麗でバリバリ働くキャリアウーマンになりましたが、
そのころはまさに「女の子」って感じで、ウジウジ泣いたり、イジワルしたり、とっても優しかったり、
やっぱりついていくのに必死でした。

もう一人の子は名前も忘れましたが、3歳の時「私カタカナがかけるのよ。」と頭がよさげだったのですが、どうやらそうでもない大人になってしまったと風の噂で聞きました。

いちばんの仲良しは隣のおうちのてーちゃんです。
男の子ですが、とっても優しかった。それにかっこよかったような気がします。
いつもビッタリくっついていたらしいです。我ながらおバカな子どもだったよう・・・。

そのてーちゃんは大学卒業後、大きな会社に就職したのに、ヤバイ関係の人の女に手を出して、
彼女を連れて行方をくらまし、親とも連絡がとれなくなってしまいました。
数年後、やっと見つかったらしいのですが、大病して若くして亡くなってしまったようです。
あの穏やかなてーちゃんが、波乱万丈な人生を歩むなんて・・・。
人間わからないものです、ホント。


今、娘たちが仲良くしている「おさななじみ」になるであろう友達たちがどういう人生を歩むか。
楽しみです。

クミコフさんちのヒヨ太くんはピヨ子に性格の似ている感情豊かな男の子。
小さいころから正義感が強くて、悪いやつを放っておけず、思わず口が出てしまう。
そんなところがとっても可愛い。
それにとっても博識で、なぜか10歳にして社会情勢に大変詳しい。
ガンダムヲタクにならないことだけ祈っていますが。

ハヤサカんちのゆうくんは、優しくてまっすぐな男の子。
いつも正面からものを見ていて、間違ってる事はしっかり違うと言ってくれます。
明るくてはきはきしているので、友達もたくさんいます。小さい子にもとっても優しいし。
野球を始めたので、これからどんどん大人になっちゃうね。

仲良しのゆっきは、天然で明るい子。
いつもニコニコしてるし、あんまり深く考えないので、自分で悩んでいることにも気づかないんです。
ホントは神経こまやかなんです。

この辺、楽しければそれがいちばんっていう人たち。
親も一緒ですが。

ピアノで一緒のカーくんは、神経細やかで優しくて大人しい男の子。
もう一人のタケくんも、マジメで一本気で、ハキハキしている男らしい男の子。

みんなイマドキって感じが全くしない。
正直すぎて、裏表が全然ありません。そんな子たちばっかり。

関東に行っちゃったカズくんも、道北に行っちゃったユキちゃんも、みんなそんな感じの子ども達。
それぞれ個性はありますが、大人の顔色見たり、大人からこそこそしたり、表と裏と使い分けたり、そういうことがない子たちばかり。
本当にいるんです、いっぱいいるんです、そんなイマドキの怖い子たち。

私にモノが言いやすいのか、ピヨ子の友達も本音で語ってくれる子は多いのですが、
「ママになんて内緒にしてればいいじゃん。」
「先生に黙っててね。」
って言う子もたくさんいるのが気がかりです。
でも上記の子達はマジで一切そういうことは言わないの。
せいぜい、
「ママに怒られるから、先にメールしておいてください。」くらいなもの。

イマドキになれないピヨ子の本当の友達も、やっぱりイマドキになれない子ばかり。
要領悪いけど、見てる人は見てるからガンバって。
きっとピヨ子の中で「おさななじみ」はそういう子たちなんだと思います。
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by dayu2004 | 2005-10-13 21:17 | むかしばなし

B型一家

クミコフさんのご紹介でガンダム占いなるものをやってみました。
星座と血液型を入力すると、どんなガンダムキャラクターになるか診断されます。

「おうし座・A型」と入力すると、「ジムキャノン」(???)と出ました。
で、その内容は?
【このキャラクターの特徴は?】
実力以上のことには決して手を出さないアナタ。とにかく極力リスクを回避しようとするため、いつも後方から物事を慎重に観察しています。目標へ向かう足取りはスローペース。性格もおっとり型ないいひとですが、じつは相当頑固でもあります。いつも消極的に後方にいるのは、もしかしたら自己アピールがヘタなだけかもしれません。どちらにしても超堅実派です。

【アナタの基本性格は?】
後方からキャノン砲を撃つだけ。ただそれだけ。そんなアナタは堅実で慎重な性格です。無理がある計画、リスクの高いこと、実力以上のことは絶対にしません。重いロケット砲をつねに担いでるため、行動は超スローペース。性格もおっとり型で優しいアナタは人当たりもソフトで、嫌われる要素はほとんど皆無と言ってもいいでしょう。一言でいうと「人がいい」ってことです。

・・・やっぱりね。トロイってことね。ホントそうね。
何の占いを見てもそう書いてあります。
「マジメで慎重で堅実で努力家、地味でおっとり、そしてガンコ」
近いところもある。でも私の性格は、
「面倒くさがりで適当で、大雑把でおっちょこちょいで節約が苦手で、ぼやーとしているくせに気ばかり焦ったりする」
このどっちつかずの性格はジムキャノンのような生まれついての性格に、取り留めのない感じの大家族の中で育ったせいもあるのかも。

父はB型、母はA型。私はA型、妹は上からB型、B型、A型という一家。
くわえて父の父母はどっちもB型。父の兄弟もみんなB型。
そんなB型一家に嫁いだA型の母。なんだかカルチャーショックを受けたらしいです。
みんなずっとケンカしてるのかと思ったとか。
普通にしゃべってる口調が怒ってケンカしているとしか思えなかったらしいです。
思ったことがすぐ口をついて出るし、機嫌もよくなったり悪くなったり。
今なら「みんなB型だから」とかそういう風に考えれば気も楽になるかもしれませんが、
昔だから血液型がどうの、なんて思わず「なぜこの人たちはこんな行動をとるのか?」とわからないことだらけだったそうです。
ま、A型とか言いながら、わがままいっぱいで好き勝手に育ってた母はすぐに慣れたみたいですけど。

いちばん下の妹が生まれるまで、家の中は私と母以外はみんなB型でした。
母は子育てと家事に忙殺され、日曜日のおでかけはいつもおじいちゃん・おばあちゃんと一緒でした。
おじいちゃんは元警察官ですので曲がったことは大嫌いです。
おばあちゃんは生まれつき網元んちのお嬢様で、思ったことを思ったようにして生きてきた人です。
交通量の多いところでみんなで信号待ちしていても、おばあちゃんは車が切れると一人で渡って行ってしまいます。
おじいちゃんは「子どもも見ているのに何やってるんだおまえは!警察官の妻たるものが交通規則を守れんでどうする!」と大声で怒鳴りました。
「ひかれなかったんだからいいでしょ!」と怒鳴り返すおばあちゃん。
そのケンカの様子を面白そうに黙って見つめるすぐ下の妹と、周りの目が痛くてたまらない私。
おじいちゃんたちはどうして他の人が見ていても平気なんだろう?って子ども心に不思議で仕方なかったです。

数年前・・・
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by dayu2004 | 2005-07-20 10:55 | むかしばなし

だゆうちゃんのおうち

だゆうちゃんは小さい頃から何度かお引越ししました。
だゆうちゃんの父は市の職員だったのにおうちの都合でのお引越しでした。

両親は結婚してすぐ札幌の隣町に平屋の家一軒を建てました。
台所と居間と和室が2つ。
当時の新興住宅地で隣も向かいも新婚さん。
だゆうちゃんが生まれてからも同じくらいの年の子がたくさんいて友達には困りませんでした。
まだ開発中のその地区は少し行くと原生林の残っているようなところで、
作りたての小奇麗な住宅街と自然とが共存する、子供がのびのびと遊べるいいところでした。

そのころおじいちゃんとおばあちゃんは札幌に住んでいたのですが、
年をとって寒いのも、雪かきするのもイヤになり、冬の間だけ東京にすむことになりました。
東京のおじちゃんのおうちを二世帯住宅に改築したためです。
そこで冬の間に家を空けると家が悪くなるという理由から、だゆうちゃん一家は札幌に引っ越すことになりました。
母はせっかくのマイホームを売ってしまうことが悔しくて涙が出たそうです。
しかも夏の間は同居だしね。^^;

新しいおうちは自衛隊の駐屯地のすぐ横にありました。
学区内のほとんどが自衛隊の宿舎でしたので、同級生の半数以上が自衛隊のおうちの子でした。
オリンピックをやった競技場も近くにあり、その跡が広い公園となっていて、緑の多い環境のよいところでした。

おじいちゃんのおうちは街中のほうにもう一軒あり、そこを新聞集配所に貸していました。
何の都合でそうなったのかはわかりませんが、突然そこに引っ越すことになりました。
最初見たとき、だゆうちゃんと妹たちはそこがオバケ屋敷にしか見えませんでした。
古くて大きな三角屋根のおうちです。
同じ敷地内に上下2軒分のアパートとほったて小屋みたいなワンルームの平屋があり、そこは人に貸していました。
そのちょうど真ん中に三角屋根のオバケ屋敷が建っていました。
ほったて小屋にはリヤカーでくず鉄を売り買いするおじさんが一人住んでいました。
アパートにもなんだか曰くつきの人ばかり住んでいました。

だゆうちゃんの住むおうちは玄関が重いガラス戸で、1階は8畳間が4部屋と6畳くらいの土間状の広い裏口がありました。
真ん中の居間に使う部屋は窓が東向きにしかなく、そこにアパートが建っていて日が入りません。
南側の8畳の和室二つはおじいちゃんとおばあちゃんの部屋になりました。
仏壇がおかれ、床の間に大切なものや日本刀などがあるので(おじいちゃんは警察の人でした)子供は入ってはいけません。
玄関脇の8畳が父と母の部屋になりました。
2階は子供たちがすべて好きに使ってよいことになりました。
というか天井まで180センチくらいしかないので大人の男の人は立って歩けません。
北海道なのに窓は木枠のもので、鍵もかからないし、きちんとしまりません。
2階というよりすべてが屋根裏部屋みたいでした。
両面がすべて押し入れになってますが三角形でろくにものが入りませんでした。

とにかくすっごく寒いおうちでした。
冬になると寝ている布団の息のあたるところが凍っていました。
ポータブルストーブの上においた蒸発皿の水が朝には氷になっていました。
北側にある玄関は真夏の暑い日でもヒンヤリしていて、
庭に住み着いたネコが勝手に玄関を開けて入り(スキマがあるから前足で開けられた^^;)涼んでいたりしていました。

お風呂は見たことがないくらい汚いシロモノでした。
風呂場自体が土間になっていて、その上においた完全木製のスノコが洗い場でした。
シャワーもないし、夏になるとそのスノコからキノコが生えてきたりします。
おじいちゃん達は使っていましたが、若い一家は銭湯通いの日々となりました。

隣のくず鉄屋のおじさんが出て行くと、今度は大学生のお姉ちゃんが入りました。
お姉ちゃんは「私、UFOを呼べるのよ。」と言って、夜になると庭で空に向かってお祈りをしていました。
隣のアパートには自称陶芸家のお姉さんが入りました。
何の相談もなく、裏庭に焼き釜を作ってしまいました。
サイロ状の小屋みたいなもので、煙突つきでかなり本格的でした。
お姉さんはときどき狂ったように一度に作品を割りました。
普段は優しいお姉さんでしたが、作品を焼いているときと割っているときは近寄らないように言いつけられました。

庭にはネコが何十匹もおり、通りがかった人が勝手ネコを触りに入ったりしていました。
毎日4姉妹の友達がそれぞれ何人ずつか遊びにきたりして、いつもとてもにぎやかでした。

改築や新築を重ね、今では同じ土地に今風のマンションを併設した、鉄筋の3階建ての家になりました。
庭もほとんどありません。野良猫が歩いていることもありません。
私が子連れで行かない限り子供の声など全くしない、かなり閑静な一角です。
私が「私のおうち」と頭に描くときは、決まってあのオバケ屋敷のような三角屋根のおうちが出てきます。
住環境がよかったかと聞かれれば最も悪いとしかいいようがないんですけど、
面白かったことだけは確かです。
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by dayu2004 | 2005-06-06 11:55 | むかしばなし

危険な女

この春小2になった次女(以下ウサ子とでもしておきます)は、典型的な内弁慶。
家ではそこそこ元気ですが、学校や外ではクラスでいちばん大人しい女の子。
長女(ピヨ子にしておこう^^;)がクラス一うるさいのとは完全に対照的。
そんなウサ子は実際はとっても危険な女なのです。

生まれたときから、死んでるかと思うほどおとなしくよく寝ているウサ子、
2歳くらいになっても口数も少ないし、決まった時間にごはんさえ食べさせておけばグズることもない。
かまってくれともあまり言わないので、ほぼほったらかしでした。

赤ちゃん時代の子育てはどんな仕事よりもハードです。
本当は片時も目を離しちゃいけないんです。
でも疲れて気づくと寝てたり、食事づくりに熱中しちゃったりしたこともよくありました。

台所にいて、フト気づくとウサ子がいない!ピヨ子は最高の子守のしまじろうのビデオに夢中。
「ウサちゃ~ん。」と言いながら、あっちこっち探します。
トイレにもいない。ベッドルームにもいない。
風呂場や押入れやクローゼットまで探すけどいない。
外に出た形跡もない。まさか!窓からおちたか?いや窓も開いてない。
外は豪雨です。ベランダにも水溜りができています。
おや、ベランダへの窓が開いている。
水遊びしてるのかと思いベランダを見てもその辺にはいません。
よ~く見ると、ベランダの排水溝から滝のように落ちてくる水を手にとり、それを口に運んでいたウサ子を発見!水遊びどころかほぼ荒行をしていました。

まだまだあるぞ!
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by dayu2004 | 2005-04-26 18:30 | むかしばなし

ボンヤリだゆうちゃん伝説

だゆうちゃんは子供のころからボンヤリしてました。
母に「お前の本当のお母さんは亀だよ。お前は海から拾ってきたんだよ。」と言われました。

幼稚園のとき廊下で寝転んでいて顔をふまれ、両側の鼻から鼻血が出ました。
同じく幼稚園のとき、ボヤ騒ぎがあり、ちっちゃくて一番前だったのに、気づいたら一人だけ全然違うところに避難していました。
先生はだゆうちゃんよりパニック起こしてました。
やっぱり幼稚園のとき、父の自転車の後ろに乗っていて(荷台しかないところに座ってた)、足を車輪の中につっこみ、くるぶしが削られてしまいました。(あとで再生してましたが)

学校へ入ってからのだゆうちゃんは?
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by dayu2004 | 2005-04-22 01:08 | むかしばなし

将来の夢を語ろう

私は小さい頃から成りたい者やつきたい職業がコロコロと変わりました。

小学生のときはお姫さまになりたかったし、忍者になりたかった。
それから漫画家になりたかったし、声優になりたかった。

中学生になると、脚本家や映画監督をやってみたかった。
ついでに小説家にもなりたくて、友達をネタにした小説を書いてました。
タイトルは「人間になりたい」・・・はい、コメディです。
友達が学校の裏の川でタイムスリップしたり、図工室で製作中のラジオに襲われたり、体育館で火の玉に変身したバスケットボールに食べられたりします。

高校生のときは薬剤師になりたかった。真剣に。
でも大学に落ちて必然的に諦めるしかなかったんです。T_T
それと演劇部に入ってたからやっぱりまだ脚本家にもなりたかった。

大学生のときはミュージシャンは目指していなかったけどバンドやってました。
キーボードを弾きながら、「才能ないな」と痛感してましたが。
ゼミが会計学だったので、公認会計士は無理だけど税理士にだったらなれるかも、と思い立って真剣に勉強したりもしてました。

結局SEになって、結婚してやめて専業主婦をやってます。

でも、でもね、本当は子供の頃からずっと憧れている職業があるんです。
それはね、それは「クイズ王」。
呆れた?呆れますよね。
大人になったら絶対「アメリカ横断ウルトラクイズ」に出ようと思ってた。
「クイズドレミファドン」にも「クイズグランプリ」にも「タイムショック」にも出たかったのに、みんな大人になる前に終わっちゃった。T_T

雑学をたくさん身につけて、立派なクイズ王になるのが夢でした。
新しいことも古いことも幅広く知らなくちゃいけない、そういうのが癖になってます。
だから今でも詳しく知っていることはひとつもないんです。
何でもあさ~くひろ~く、単なる通り一遍の知識ばかり。
あとは「サルヂエ」的な「IQサプリ」的なナゾナゾを解くコツを模索してきました。
だから「ゼルダの伝説」みたいな「FF」みたいな、RPGのゲームの謎解きはかなり得意です。
自慢になりませんが。

あと、も一つ憧れているのは水野真紀の2時間ドラマみたいな「素人探偵」。
殺人事件に遭遇して「犯人はあなたですね。」ってやってみたい。
(本当に遭遇したらただパニックを起こすだけのような気もするが・・・)
まあ水野真紀、っていうよりは山村紅葉を通り越して市原悦子になっちゃうんだろうけどねー、このままじゃT_T。
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by dayu2004 | 2005-04-10 13:27 | むかしばなし

怖いネコの話 パート2

カツはあんなこと(前日の記事参照)をしたとしても、立派な母ネコだったのには間違いがないです。
普段は利口で、ネコらしいネコでした。

しかしこれからお話するカツの初めての子ゴクは正真正銘の化け猫でした。

ゴクはカツの初めての子の一匹として生まれ、生まれてから2,3ヶ月はそれはもう元気で猿みたいで(ゴクは孫悟空の略)、我家の家族から大変愛されていました。
ところが半年くらい経ったころ、何故だかゴクの首の付け根がコブ状に腫れあがりました。
すぐに車に乗せて近所の動物病院に連れて行きました。
古ぼけた病院に入ると、中から「あなたが病院へ行ったほうが」と思うようなご老人が現れました。白衣は着ていますが、足元がおぼつかない感じでした。
ゴクを見るとご老人は一言、「注射しておきましょう。」
なんの注射?と問う間もなく、ご老人は注射器を取り出し、おもむろにゴクの太ももに射したのです。
あっけにとられていた私と母と妹は、もちろんゴクの体を押さえるということもしていませんでした。
射したのは速かったものの、注射のスピードはそれはまた驚くほどにノロい。
その上その手は明らかにブルブルと音をたてて震えておりました。
ゴクは一瞬固まったものの、もちろんすぐに暴れ出しました。
ご老人は驚いたようでしたが、手に持った注射器の位置はそのまま変わらず、針だけがゴクの体に残されていました。
そのままゴクは広くて古い病院の奥へと消えてしまったのです。
動物のお医者さん (第6巻)

いつもに増して長い続きを読む
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by dayu2004 | 2005-03-11 00:43 | むかしばなし

怖い話 パート1

昨夜本を読んでいて、突然思い出した怖い昔の話。
飼っていたネコの話です。(オバケ関係ではありません^^;)

実家はその昔「ねこ屋敷」といわれるほどネコがたくさんおりました。
飼っていた、というと語弊があるかも。野良猫にえさをやっていた、って感じです。
野良ちゃんがえさをやっているうちに我家の庭に住みついて、物置で子猫を生んで、それがまた住みついて子供を産んで・・・って繰り返しているうちに、多いときで15,6匹のネコがいたんですね。
我家には子供もたくさんいましたので、みんな名前をつけて可愛がっていました。
寒い日やケガしたときは家に入れたりもしましたが、どんなに雪が降ろうとも夜になると外に放り出していたものです。

もう5年はそうして庭にいる「カツ」という雌ネコが冬のある日、やっぱり外のダンボールで子猫を生みました。
一カ月はダンボールから外に出さず、人間には決して見せてくれませんが、そのうち毎朝子猫の首根っこをくわえて玄関で待っているようになりました。
5匹生まれたはずですが、その頃には2匹になっていて、毎朝くる子猫ちゃんたちを家族で可愛がっていました。

とても長い続きを読む
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by dayu2004 | 2005-03-09 08:57 | むかしばなし