バブルの頃の自覚のカケラもない新入社員たちは夜な夜な街へ繰り出したのでした。
横浜の港に停泊してある氷川丸(だっけ?)でビアガーデンを楽しんだあと、
そのまま徒歩で関内の駅(だったっけなあ)まで向かいます。
誰かがMくんの首にカバンをひとつかけました。
すると別の人も自分のカバンをMくんの首にかけました。
そこにいた10数名、みな自分のカバンをMくんにかけました。
女の子もハンドバックをかけたし、手提げ型のも無理やりMくんにひっかけました。
財布も何もかもみんなバッグに入ったままです。
Mくんは「吉野家で牛丼食ってくるわ。このまんま。」
「いいけど、絶対笑顔を絶やさないでね。Mくんの笑顔はサイコーだから。」
「わかった。」
と、首に何人分ものカバンをぶら下げたまま、横浜の街の中の込んでる吉野屋に入ります。
しかも一人で入ります。みんなは遠くから様子を窺っています。
Mくんはニコニコ笑ったまま「並ひとつ」と注文し、そのままニコニコずっと微笑んでいました。
食事を終えたMくんは一苦労して自分のカバンを探し、ニコニコしながらお金を払いました。
店内の客は黙ってMくんを見ていました。
店を出る頃、店員が奥でMくんを見送りながら、どこかに電話するのが目に入りました。
「通報されたかも。」とまだニコニコ顔のMくん。
みんな自分のカバンをひったくると、てんでバラバラに走って逃げました。
誰かが転んでケガしようと、みんなほったらかしで逃げました。
誰も捕まらずに済みました。
研修が終わると、首都圏組に涙の別れを告げ、北海道組は北海道へ帰りました。
研修が終わっても、なんだか社会人モードになれません。
それはとってものどかだったから。
会社のすぐ隣には原生林がありました。会社の庭に列になってる石は隣の市との境界線でした。
午前中何時に来てもいい会社。いやもう仕事は大変でした。徹夜も当たり前だし。
研修なんて意味のないほど難しいことをやらされます。
誰も教えてくれないので、ぶ厚いマニュアルを片手にずっとウンウン唸ってます。
なのにいつまでたっても社会人の自覚が出てきません。
夜中の12時になってから飲みに行ったし、土日になるとあっちこっちに遊びに行きます。
研修からずっと仲良しだったカヨちゃんはとにかくスゴイ人でした。
仕事はものすごくできますし、愛想がよく面白く、みんなにとっても愛される人でした。
しかし強いはずの酒が限界以上になると、とっても暴れる人でした。
みんなで温泉に行きました。男性5名、女性5名。
部屋二つ。混浴はないはずのお風呂です。でもすいてました、確かに。
真夜中に外の露天風呂にみんなで混浴しました。もちろん女の子はしっかりタオルは巻いてます。(ホントはダメなのに)
一升瓶を持って風呂に入ったカヨちゃん。ガンガン飲んで、そのうちタオルも何もふっとばしてフロの中で踊ります。
みんなただただ笑ってました。
露天は岩風呂で気づいたら、私の足から大量に出血していました。
風呂場でケガすると大変です。女の子2人に付き添われ、私のケガのために先にあがりました。
フロントへ行って足の手当てをし、部屋に戻りました。
ところが正体不明になってた男の子が私たちの布団で寝ています。
かといってもう一部屋には既に違う野郎が寝ています。
仕方ないので、空いてる布団に自由に寝ました。
雑魚寝、ってやつ?なんかそんなことどうでもよかったし。
その日はもともとマジメでみんなが暴走するたびに止めに入るユキさんも一緒でした。
「あの人楽しいのかな?」って思うくらい、ずっとしらけているユキさん。
飲んでふざけているときは彼女の言葉も耳に入りませんが、しらふだとグサッときたりします。
「バカじゃない?そんなことして楽しい?」
すいません。なのにこの、おふざけ仲間の集まりには必ずきます。
(Mくんのときはたまたまいなかった)
そのユキさんが夜中にふと小声で言いました。
「カヨちゃんはいる?」
寝ぼけてる私は言いました。「隣の部屋にいるんじゃないの?」
「私見てくる。」部屋から出るユキさん。そしてあっという間に戻ってくるユキさん。
「いないよ!カヨちゃん、あっちの部屋にも!ホラみんな起きなさい!探すのよ!」
どうせ眠れなくてどこかでタバコ吸ってるとか、まだ飲んでるとかそんなんでしょ?
なんて全員で文句を言いながら、ホテルの中を探します。
いない!全然いない!
「最後に見たのだれ?」
「お前がフロから上がったあと、みんないたたまれなくなってすぐ上がったんだけど、
カヨのヤツだけ『もう少しいるから~』って言うんで置いてきた。」
「どうしておいてくるのよ!」と怒鳴りつけるユキさん。あの、相手は先輩(♂)ですから・・・。
みんなで慌ててフロに向かいます。
広い露天に、見渡しても誰の姿もありません。
一人の目のいい男の子が「あ、あそこ!」と叫びました。
フロの真ん中で、カヨちゃんは顔だけ出して寝ていました。
正確に言うと鼻だけ。
「あれ?寝てたわ私。みんなどうしたの?慌てて~。」
イヤきっと、あと少しで死んでたから、君。
ユキさんのおかげで人一人死なさずに済みました。
こういう日のためにいたのね、ユキさん。
「あんたたちだけだとホントに心もとないのよね。社会人として信用できないってことよ。」
はい。そう言われても全く反論できません。
そのうち本格的に仕事が忙しくなってきたみんな。
徐々にそういう集まりは減りました。
数年後、私もカヨちゃんも結婚し、私は体を壊し、カヨちゃんは妊娠しました。
(ちなみにユキさんに「あんたみたいに家事が何にもできないのに、結婚しようと思う気がしれない。」と言われました。^^;)
何故かカヨちゃんと同じ日に退職することになり、そのあとまた10名で海の家に行きました。
いつものように飲んで(カヨちゃんはサスガに飲みません)はしゃいで、美味しいものを食べて、
いつものようにユキさんに文句を言われました。
それを最後に、もうお泊りででかけることはなくなったそう。
飲み会も極端に減ったそう。ふざけることもなく、ユキさんも文句を言う相手もいなくなったそう。
会社で働くみんなもいつのまにか普通の社会人になり、
会社を辞めた私たちも子どもを生んでやっと社会人になりました。
仕事も大変だったけど、とにかく遊んだ20代半ばの私たち。
杉村太蔵くんのことは全くいえません。